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福岡地方裁判所 昭和32年(ヲ)494号 決定

申請人 東義治

被申請人 筑紫タクシー株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

一、申請の趣旨並びに理由

申請人は「当裁判所昭和三二年(ケ)第一三七号不動産競売事件につき当裁判所執行吏は、福岡県筑紫郡筑紫野町塔原字清川五番地の四、家屋番号大門六番木造草葺平家建居宅一棟建坪一七坪に対する被申請人の占有を解いて、これを申請人に引渡すべし」との引渡命令を求め、その理由として、申請人は右不動産競売事件において本件建物につき昭和三二年七月一八日の競売期日に最高競買人となり同年同月二三日競落許可決定がありその確定に伴い同年八月二日代金を完納してその所有権を取得した。被申請人は本件建物をその二日市支店として使用占有し申請人の引渡請求に応じないが、申請人に対抗しうる権原を有しないものである。このことは本件不動産競売事件における昭和三二年四月一〇日の執行吏による不動産賃貸借取調調書に、本件建物について何ら賃貸借ある旨の記載がないことに徴し明らかである、というにある。

二、当裁判所の判断

(イ)  申請人が当裁判所昭和三二年(ケ)第一三七号不動産競売事件においてその主張のような経過をへて本件建物を競落してその所有権を取得したことは本件記録に徴し明らかであり本件建物に対する順位一番の抵当権の設定登記されたのは昭和二十五年四月一九日であり、また本件不動産競売手続開始決定が昭和三二年四月三日なされ同年同月六日本件建物につき競売申立の記入登記がなされて(右決定が債務者え告知されたのは同年同月一四日)競売開始の効力を生じたことは右記録に徴しまた明らかである。次に、被申請会社代表者審尋の結果並びにその提出の家屋賃貸借契約書、領収証によると、被申請会社は本件建物を昭和三一年一〇月二日当時の所有者佐竹国雄から昭和三一年一〇月五日より向う五年間、賃料一カ月七、〇〇〇円敷金二〇〇、〇〇〇円の約束で借受け、じ来被申請会社二日市営業所として使用占有していることが認められる。

(ロ)  以上の事実関係によれば、被申請会社が本件建物の占有を始めたのは之に対する不動産競売手続開始決定の効力を生ずる以前であるが、被申請会社の本件建物の賃借権は民法第三九五条によつて抵当権者したがつて競落人に対抗し得ないものといわねばならない。

そこでかような地位にある競売不動産の占有者に対し競落人は引渡命令を求めうるかどうかについて検討する。引渡命令は附随執行ともいわれ、競売終了の方法として競売不動産に対する債務者の占有を解いて競落人に引渡すべきことを執行吏に命ずるもので一種の執行力ある正本であり、その趣旨とするところは、競落人に完全に所有権を移転させることが不動産競売を実施する執行裁判所の権限であり職務であること換言すれば単に形式的に所有権を競落人に取得させるだけで、所有権に伴う使用収益の実を収めるためには更に債務者相手に訴訟を提起せねばならぬとすれば競落人の保護に欠くるところがあるとせられるに外ならない。

ところで右に述べた引渡命令の目的から考えると、競落人に完全な所有権を取得させるためには競落人に対抗しえない者は名実共にすべてこれを排除して完全な所有権の姿にして競落人に引渡すべきこととなる。先づ登記簿上の措置として民事訴訟法第七〇〇条(任意競売においても解釈上準用される)は配当表実施後の処置として、競落人の所有権の登記、競落人の引受けない不動産上の負担記入の抹消(並びに競売申立の記入の抹消)を職権で嘱託登記をするのはその例である。これは登記簿上の記載自体から明らかに知りうるのであるから、何らの取調なくしてなしうるのである。

(ハ)  しかしながらかような措置を、現実の使用収益をなしている占有者のすべてに対しなしうるかについては疑問である。なるほど民事訴訟法第六五八条(任意競売においては競売法第三〇条により準用)では競売期日公告の記載内容として賃貸借あるときは其期限並に借賃及び借賃の前払又は敷金の差入あるときはその額を含むべきこととされ、右賃貸借は抵当権者に対抗しうるものに限られること判例の示すところであり、そのために執行裁判所は執行吏をして賃貸借の取調をなさしめている。しかし、これは同法第六四三条によると、執行裁判所が職権で競売不動産について必らず取調べるものではなく、競売申立をなした債権者の申請あるときに限るのである。場合によつては債権者の一方的申出によりそのまゝ(賃貸借があつても、なしとして申請されれば何らの記載もしない)或は申請による執行裁判所の賃貸借取調命令を受けた執行吏の取調に基き賃借権の有無が決められる。抵当権者に対抗しうる賃借権なりや否は、判定容易なものもあるが、更に詳細な取調をしなければ正確を期し難いものもあつて、登記簿上の記載自体に徴し容易に判定しうる不動産上の負担と同一視しえない。唯競売実施上叙上の手続に満足しその限度でかような賃貸借あること判明した場合競落人に予告するのが競落人を保護する所以であるとして、之を記載することとされているわけである。したがつて競売期日の公告記載の賃貸借が当然競落人に対抗しうるわけではなく、また記載がなかつた賃貸借がそのことのゆえに競落人に対抗しえないことになるわけではない。

元来引渡命令は競売終了の方法として迅速簡易に競落人に当該不動産を引渡すため執行裁判所がその補助機関たる執行吏に命ずるものではあるが、当該不動産の占有者に対しては明渡を内容とする債務名義であり且つ執行文の付与を要しない執行力ある正体たるの実を有するものである。かような引渡命令の性質からみて、民事訴訟法第六八七条が「債務者」に対し引渡命令を発しうるとしていて、競落人(抵当権者)に対抗しえない占有者としていないことは理由のないことではない。債務者(任意競売においては所有者を含む)については何らの調査なくして、引渡命令を発しても、不都合は存しない。引渡命令は決定であるから、之を発するか否かについては当事者の審尋なり場合によつては口頭弁論を開くなりして判断しうることは云うまでもないが、かような方法あるが故に競落人又は抵当権者に対抗しうる賃貸借なりや否やを常に判定して、対抗しえない賃借人に対しすべて引渡命令を発しうるとするのは執行裁判所の職責を越ゆるものといわねばならない。

(ニ)  ところで競売開始の効力は当該不動産について、差押の効力を生ずる。差押は債務者(任意競売にあつては所有者)の当該不動産の処分権を国家が徴収してその処分を禁ずるものであり、じ後債務者は当該不動産の占有を失うわけではないが(したがつて自ら占有使用するなり、他に賃貸しうるが)、それは競落あるまでの間に限る。したがつて競落人は債務者に対し引渡命令によつてその占有を得ることができるが、引渡命令を求めうる相手方は債務者に限るのではない。執行裁判所は競売開始決定による差押の効力として、当該不動産の利用収益権を拘束するもので、じ後の占有者は競落を条件としてその占有を奪われることを予定されている。かゝる前提のもとに執行裁判所は占有者が競売開始の効力を生じた後の者であれば競売実施の後始末として、自己がかゝる拘束を加えた以後の当該不動産の占有であるとにかゝわらず執行法上の権限並びに職責に基きその占有を回収して競落人に引渡すべく執行吏に命ずることができるものである。かくして引渡命令を発しうる相手方であるかどうかについてはその占有の始期が差押の効力を生じた以後であるかどうかの点だけを審理すれば足り実体法上の観点に立たないから、判定は左程複雑困難なものではない。

(ホ)  唯注意すべきは引渡命令が債務名義たる性質を有し、且つ、執行文の付与を要しないことにかんがみ、債務者(又は所有者)に対し発する場合(債務者は競落決定の云渡及びその公告によつて競落の事実を知ることができる)は直ちに発しうるが債務者以外の競売開始の効力発生以後の占有者に対し発する場合は、承継執行文の付与を要するものと解せねばならない。すなわち、引渡命令は、競売開始の効力発生時を時点として区劃し、債務者に対し発せられるものであり、その後の占有者(賃借人等と不法占有者との区別なく)は、当該不動産に関するいわば執行法上の特定承継人であるというべく、かような意味での引渡命令たる債務名義の特定承継人に対しては承継執行文の付与を要する。かく解することにより執行実施前承継執行文の送達を要する強制執行法の構造とマツチし、引渡命令が何らの予告なくして執行せられる苛酷さを防止しまた、執行前に異議を申立てる機会を与えうるのである。

叙上の見解に立つて本件を考えてみると、被申請人は競売開始の効力発生前の本件建物の賃借人であるから、これに対し引渡命令を発することは許されないといわねばならない。よつて申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 亀川清)

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